岩崎正裕・柳沼昭徳 関西異世代対談

台本作りの根本にあるもの

-岩崎さんと柳沼さんって、台本の作り方は違うと思うんですけど、根本は似てるんじゃないかと。

岩崎:「仇野の露」1)柳沼さんが主宰する「烏丸ストロークロック」が2010年に初演し、2012年に三重を含む3都市でツアー上演した短編集。表題作の「仇野の露」、「ふたりで悟った夜」「怪火」の3編から成る。世代の異なる3組の男女が織り成す純愛を描き、高い評価を得た。
短編集「仇野の露」津あけぼの座スクエア
っていう短編3本、映像で見せてもらって、台本読ませてもらったけど。ポストドラマ4)戯曲のドラマ性に頼らず、演技、美術などさまざまな要素が、舞台で自立した表現として成立するよう作られた演劇スタイルのこと。っていわれる新しい人たちのものとは、明らかに違うよね。ちゃんと文脈があるじゃないですか。というところでは、そんなに遠い気がしなかったですね。

-その短編集の2本目が、次回公演の長編「国道、業火、背高泡立草」2)短編集「仇野の露」から、「怪火」を長編化した新作舞台。
3月15日(金)-17日(日)三重県文化会館での津公演を皮切りに、22日(金)~24日(日)AI・HALLでの伊丹公演、30日(土)・31日(日)広島市東区文化センターでの広島公演と3都市ツアーを行う。
烏丸ストロークロック
につながるんです。

岩崎:あー、浄水器の。あれ面白いね。それぞれ面白かったですけど、その2本目は妙な情感があって。あれ世代でいうと、3層に分かれてますもんね、夫婦が。

柳沼:はい。2本目が1番、年齢としても等身大で書けました。

岩崎:柳沼さんって何年生まれ?

柳沼:76年です。

岩崎:あ、やっぱり。一応あのバブリーな時期は通ってるから、ってことですよね。

柳沼:そうなんです。ちょうど中学の時にバブルが弾けて、ソ連がなくなって。

岩崎:89年、90年になるとこぐらいね。

柳沼:僕はバブル崩壊ってトピック的なことしか分からないですけど、高校の友達がこう、経済的に落ちていって。

岩崎:僕ら89年とか90年ってもう芝居やってて、社会の最底辺を生きてたわけですよ。だから金持って夜逃げしたなんていう友達もおらず。例えば大阪だと鶴見緑地で万博3)大阪市鶴見区と守口市の市境にある鶴見緑地で1990年、国際花と緑の博覧会(花の万博)が行われた。当時は地方博ブームで、ステージショーなどに携わった演劇人もいた。
財団法人国際花と緑の博覧会記念協会
とかあって、そこで大儲けする人が演劇関連にもいて、お金の使い道に困ってたみたいだけど。僕自身は、報道されてるような「バブルが弾けて」っていうのとは、違うところにいたんだなぁ。だけど如実に感じたのは、演劇に関わるプロデュースのお金が出なくなったのは、その頃からですね。80年代は学生にもバンバン金が出てたんですよ。それから社会的にかなり苦しい状況になって。そんな状況を見ながら、柳沼さんが演劇を始めるのは90年代でしょ。近大5)近畿大学。芸術学科・舞台芸術専攻があり、演劇人を多数輩出している。
近畿大学文芸学部
ですよね。

柳沼:はい、96年。

岩崎:作風は、元からこういうスタイル?

柳沼:いや紆余曲折。最初は鈴江俊郎さん6)劇作家、演出家、俳優、「白ヒ沼」代表。柳沼さんは近畿大学文芸学部で、当時助教授を務めていた鈴江さんに師事していた。現在、桐朋学園芸術短期大学演劇専攻准教授
Office白ヒ沼
の授業を受けてて。

岩崎:うん。

柳沼:ああいう感じのお芝居をさせてもらってたんですけど。途中で「これでいいのか?」ってなって、手法に走った時期もあって。

岩崎:うん、うん。

柳沼:だからポストドラマになった時もあったんですけど、最近はまたドラマに戻ってきたというか。

岩崎:このダイアローグがあってさ、唐突にモノローグになるじゃないですか。これは柳沼さんのスタイルなの?

柳沼:そうですね。ドラマの中に突然モノローグが入ってくるのが。以前、証言スタイルのお芝居を作ったことがあって。登場人物が記憶を探りながらしゃべっていくうちに、それが最初モノローグなんだけど、そのうち劇中劇になっていく。3年ぐらい前からなんですけど。

岩崎:へー、最近見つけたスタイルなんだ。この1本目も面白かったですね。劇って、予定調和で「こうなるだろうな」っていう想像を、どう裏切るかってところあるじゃないですか。それをかなり意図してやってるなって。

柳沼:はい。

岩崎:僕このアイホール7)このインタビューが行われた伊丹市立演劇ホール「AI・HALL」のこと。現代演劇とコンテンポラリーダンスを柱に多彩な事業を展開し、関西屈指のホールとして知られる。岩崎さんはディレクターとしてさまざまな事業に尽力。烏丸ストロークロック3都市ツアーの公演会場でもある。
伊丹市立演劇ホール AI・HALL
で戯曲の講座もやってて、みんなが1年かけて長編書くんですけど。やっぱりスキルが上がってくると、お話の中に収めようとするんだよね。収めるくらいならはみ出した方が面白いっていう感覚を、現場知ってる人は分かるじゃない。でも書いてるだけの人は分かりにくいみたいで。柳沼さんの作品を3編並べると、もちろん戯曲として成立してるんだけど、実は現場の面白さをすごく追いかけて作ってるんだろうなって。

柳沼:現場で何とかしようって思って書いてるところはあります。

岩崎:台本見ながら映像見ると、ちょっと違うんだよね。それが面白いと思ったなぁ。あと、なまめかしいセリフが多いよね。

柳沼:え?

岩崎:ほら2本目の「トイレットペーパー取って」とかさぁ。

柳沼:ああ。

岩崎:「ないのよ。ティッシュでいいかな」みたいな。日常の中でそこを切り取るか、みたいな。その辺が好きなんだろうな、と思いながら見てました。

柳沼:ティッシュのくだりはね、これはイライラするなぁって。イライラしてる時に「紙取って」って。

岩崎:どっちもイライラしてるわけでしょ。その時、俳優がどんな声でどう言うかが面白いわけで。

柳沼:そうです、そうです。

岩崎:阪本麻紀さん8)柳沼さんの相棒。烏丸ストロークロックで俳優、音楽、制作を担当する。このインタビューに同席していた。今回の「国道、業火、背高泡立草」にも出演する。そう言うか、みたいな(笑)。

劇団と2人ユニット

岩崎:メンバーは毎回変わるんですか?

柳沼:そうですね。「烏丸ストロークロック」9)1999年、近畿大学演劇・芸能専攻に在学中だった柳沼さんを中心に設立。現在のメンバーは柳沼さんと阪本さんの2人で、京都を拠点に全国で公演活動を行う。叙情的なセリフと繊細な演出で、現代人と社会が抱える暗部をモチーフに舞台化。1つの題材に対し、中長期的にさまざまな角度からアプローチした連作を発表する形態をとっている。
烏丸ストロークロック
は阪本さんと2人なんで。

岩崎:2人ユニットなんですね。何で増やさないんですか。

柳沼:一緒にやりたい人で、入ってもいいっていう人がいない。募集してた時期もあったんですけど、最近ワークショップの仕事やってると、差別したいなという感じになって。烏丸ストロークロックの公演は、信用できる俳優さんとしたいなって。あんまり増やそうっていう感覚はないですね。

岩崎:今、京都ってそういう人たちが多いのかしら。

-岩崎さんの「劇団太陽族」10)岩崎さんが主宰する劇団。1982年、大阪芸術大学舞台芸術学科の1年生を中心に旗揚げされた。オウム真理教事件、神戸児童連続殺害事件など社会で起こる事件や現象をモチーフにしながら、人と人との関係性に重点をおいた、普遍性のあるドラマ作りに定評がある。関西のみならず東京、名古屋をはじめとする各地で積極的に公演を行っている。
劇団太陽族
みたいに、劇団っていうスタイルは少ないですよね。

岩崎:何でだろう。群れるのが嫌なんですかね。

柳沼:こう言うと乱暴ですけど……世代的なもんかもしれないです。

岩崎:ああ、窮屈なのかな。

柳沼:劇団としてやられてるところ見ると、うらやましいと思うんです。作品の質というか、やっぱ共有してるものが多いじゃないですか。

岩崎:いつの間にかね。

柳沼:それが作品にもにじみ出るので、これは勝てんなぁっていつも思う。そこに対するあこがれはあるんですけど。

-あと単純に、登場人数が多い芝居が見られないですよね。ユニットだと多くても1ケタ後半ぐらい。でもこの作家さん、人数多い芝居書いた方が面白いのにって思うことがあります。

岩崎:でも1時間半とかの芝居で、登場人物1人1人をちゃんと書き分けられる最大の人数って、13、4人だと思うんですよ。それより多いと、みんなでシュプレヒコールしてみたいな感じになっちゃう。僕も劇団員は12、3人から増やさないようにしてるんです。じゃないと、みんな出たいから劇団にいるのに「今回お前役なしね」って言われたら傷付くだろうし。そうするとやっぱり制約がね、出てくるんですよ。でも2人だと、フットワーク軽くいけるよね。

柳沼:そうなんです。

-声掛けたら人集まるんですか?

柳沼:フリーの役者が多いですからね。

-大阪はどうなんですか。

岩崎:フリーもいっぱいいるよ。でも3、4とか4、5人のグループが多いんじゃないかな。

柳沼:劇団員になると、出るだけじゃ済まないじゃないですか。

岩崎:もちろん。

柳沼:それがね、嫌みたいなんです。

岩崎:あー、阪本さんみたいにチラシを持ち歩いたりとか(笑)。

-小道具作ったりね(笑)。

岩崎:それが楽しいんじゃん、劇団は。

柳沼:そう。そういう面倒くさいのを楽しいと思える人がね、減ってきてるっていうか。

-でもプロデュース系は、責任がないまま終わることが多いですよね。何かつまらないんだけど、誰の責任でもないみたいな。劇団だときちんと「オレこう思うんだけど…」って言えるけど、プロデュースだと「言うとややこしくなるから、終わりゃいいか」みたいな。

柳沼:そう、そこすごい注意してます。座組みが毎回ガラッと変わったりするんで。だから「みんな、ここだけだと思っていろいろやって」って言うと、後腐れなく働いてくれたりするんですけど。

岩崎:役者をその都度呼んでくると、演技のスタイルも違いますよね。それは話し合いとかするんですか。

柳沼:すごく時間掛けてします。シアターゲーム的なところからやって。

-ロケハンとか行きますもんね。芝居のモデルになった町にみんなで行って。

岩崎:ああ、いいね。本来演劇って、そういうものだよ。新劇の人たちは昔、ツアー組んで行ったらしいから。それはやった方がいいですね。その町の空気って俳優にとって重要だし、行かないと分かんないこともあるだろうし。

柳沼:そうですね。

町という単位に興味がある

岩崎:次の作品は、この2本目を?

柳沼:そうですね、そこから広がるというか。テーマとして“お金”っていうのがあって。あんだけバブル云々でお金の胡散臭さとか不確かさみたいなものを知ってるにもかかわらず、そこに頼るしかないのかなっていうところから、この2本目は出来たんです。で、短編集の時は夫婦だけの話だったんですけど、それを町単位の話に。1つの廃れた町が、再興するのにお金の力に頼るんだけど、結局ダメになっていくっていう話にしようと。

岩崎:ああ、なるほど。そういう“単位”に興味のある人なんですね。町とかコミュニティー。

柳沼:超ありますね。

岩崎:僕なんか割と、センセーショナルな事件みたいなものを切り口に、じゃあ周辺は実際どうだったのか、みたいなところから入るので。柳沼さんの方法は、もちろん時代性もあるけど、町なら町、ちっちゃいコミュニティーを観察していくみたいなことなのかな。

柳沼:そうですね。で、たいてい事件はあるんです。この町でこんな事件が起こってたとか、まちづくりがうまくいってないとか。そういうところから入っていく。町全体見渡すといろんな要因が散らばってて、それがつながってて。その事件が起こった町の、歴史がそうさせてるとか土地がそうさせてるとか、空気がそうさせてるとか。その空気って何だろうなあって探っていくと、いろんな歴史が見えてきたりして。

岩崎:これ、モデルはどこなの。大阪?

柳沼:これは京都の、京都市から北に行った亀岡市11)京都府の中西部に位置。京都市や大阪府高槻市などと隣接しており、大阪、京都の衛星都市となっている。郊外にはニュータウンがある。とか南丹市12)亀岡市の北に位置。市域が東西に長く、京都府を南北に区切るような形をしている。自然に恵まれた地域だが、京都市に隣接し通勤圏となっている。とか。小さな町なんですけど、ある意味日本の核なんじゃないかなぁと思うんですよ。

岩崎:んー核というか、日本社会がそのまま縮図として表れてるというか、当てはまるということだよね。

柳沼:そうです。で、すごく露骨なんですよね、その縮図が。それが面白いなと思って。都会だったら、例えばある差別の話があったとしても、モヤッとさせることができるんだけど、村やと隠しようがないっていう。いろいろビビットに入ってくる景色が多くて、そこを舞台にしてみようかなぁと思って。

岩崎:へー。そこ出身ではないわけね。

柳沼:ないんです。

岩崎:それは面白いね。別の所で生まれた人がその町に興味をもって、その町を題材に書くっていうのは。すごく不思議な感じがするけど、何でそこに興味持ったんですか。

柳沼:最近移動が多いんで、いろんな町を車窓から見たりするんですけど。いっぱい同じような町があるなぁって。駅があって、国道があってみたいな。

岩崎:新幹線で走るとだいたい一緒でしょ、駅前の感じっていうのは。

柳沼:気持ち悪いなって思ったんです。これって何なんだろうって。そりゃもっと掘り下げたら違うんでしょうけど。

岩崎:なるほどね。同じ町が点在してる薄気味悪さみたいなものはあるよね。

柳沼:そうですね。で各地へ行って突っ込んだ話をした時に、あの人とあの人がこういう関係にあって、あの人は昔こうだったからどうだ、みたいな。「どっかで聞いたことあるような話やなぁ」っていうのが多くて。もしかしてすごく共通点が多いのかなって。

岩崎:田舎ほどドロドロしてんのよね。昔あそこの後家さんとこの人がこうで、みたいな話が。それがまた、長い時間記憶されちゃうんですよね。うん、あるねぇ。でもだいたいは、自分の生まれた町ないしは育った町で書くけどね。あと、何か渇いてるよね。

柳沼:そうですか。

岩崎:すごい渇いてる印象がある、うん。でもドライじゃなくて、ちゃんと情感はあるんだけど。最後の作品なんか、老人性痴呆症の奥さんと旦那さんって、何とも知れんモノが立ち上がってくるから。そんなに突き放して書いてはいないな、っていう。頑張れって言ってる感じはするよね。

柳沼:そうですね。

岩崎:なのに、頑張れモードが前面に出てこない品の良さっていうか。ちょっと対象から離れて見てる感じなのかな。ほら鈴江俊郎さんは、離れるというよりガッツリ近い距離感でやってくタイプだけど。距離感かなぁ、これは。
ドキュメンタリーの手法

-あと柳沼さんが他の演劇人と違うのは、長くかけるじゃないですか。

柳沼:ああ、時間を?

-昨年、この短編集の上演があって「国道、業火、背高泡立草」に行くけど、その間に広島で1本13)烏丸ストロークロックは昨年10月、広島で開催された試演会プログラム「C.T.T(コンテンポラリーシアタートレーニング)」に参加。短編「火粉、背高泡立草」を上演した。あったりとか、2月に三重でスピンオフとして1本14)2012年4月からスタートした三重県文化会館主催の演劇ラボで、柳沼さんが講師を担当。津あけぼの座も協力し、県民を中心に「劇団十月十日」が結成された。期間限定の劇団として2月23日(土)・24日(日)、同会館で公演「そして畦に曼珠沙華」を上演する。あったりとか。2、3年かけてたどり着くという。飽きないのかなと思うし、そうやって積み重ねていく作り方をするのはなぜかって、興味あります。

柳沼:単純なところでいくと、資料読みの手間が省ける。長いことやってると、時間とともに深くなってくるし。だいたい3、4年単位でやってる感じがしますね、同じ視点を持ち続けるっていうところでは。だからいろんな作品が出来てくるんですけど。

岩崎:でもあんまり突拍子もないのはないでしょ。宇宙に行っちゃったりしないでしょ。町だったり人だったり家族だったり。

柳沼:やっぱり人ですね。ドキュメンタリーっていうのかな。

岩崎:あーそうかそうか、その感じか。さっき渇いたって言ったけど、冷めた感じもあるんだよね。何か冷めてる、でも突き放してはいないってのは、ドキュメンタリーですよね。

柳沼:客観的でありたいっていう思いと、その人にもっと切り込んでいきたいていう思いが混在してる感じです。

-岩崎さんはセリフに問題提起をきちんと書きますよね。

岩崎:書くよ。

-でも柳沼さんは、そのへんを巻くっていうか。よくよく考えてみると、突っついてんのかなっていう。差別の問題とか。

柳沼:いや、それはねぇ。僕ね、弱いとこなんすよ。ホンマはしなきゃいけないと思ってるんです。

岩崎:いやぁ、そうじゃないと思うな。ずらし方が面白いわけ。この浄水器の問題で、どんどんドラマの水位が上がってる時に、片方の女は火事の話してるじゃない。これがぎゅーっと増してくるわけでしょ、ドラマの中で。それは手法の問題であって、あれが例えばバブル期の話から入って、浄水器を糾弾する話にしたってしょうがないわけじゃない。

-お2人の問題意識は似てるんだろうなって。何に腹が立ってるかっていうのは。

岩崎:「何か違うなぁ」みたいな感じでしょ。町なら町、人なら人っていう関係の中に、見えないものがヌルッとあったりするとこに興味があるんだよね。だからすごくエッチな作家だろうなって感じがするんだよ。

柳沼:否定しません。

岩崎:いやいや、エッチだわ。で、すごく理性的なんだよね、そのエロが。

柳沼:なるほど。

岩崎:エロってもっと肉体的なモノもあるけど、そういうことじゃないもんね。シチュエーションがエッチなんだよね。軽やかさがないと、こういう対象は書けないんであって。特に差別の問題とか真正面から扱うと、もう逃げ道なくなっちゃうし。たぶん想像するに、それも事象の1つとして扱われるんでしょ。

柳沼:そうですね。で、1本目2本目は、僕の脳内によるところが大きいんですけど。3本目は登場するのが老人なんで。最初はアルツハイマーっていうものも、一般的なところでしか知らなくて。実はあの奥さん役の人が、お母さんがアルツハイマーで、介護しながらお芝居してるんですよ。その人に「アルツハイマーのスイッチが入った時はこうなる」っていう話聞きつつ、そしたらご主人役の人も「友達が実は…」って。だから3本目はエチュード先行だったんですよ。

岩崎:へー。

柳沼:ドキュメンタリータッチというか、実際話を聞いて作っていったんです。だからこれに対して僕は、あんまり批評的になれなかったですね。

岩崎:3本目は突き放してないもんね。

柳沼:老夫婦の光景をそこに置いた、みたいな。

岩崎:しかしこの夫、相当えらいよね。

柳沼:出来た夫なんですよ。

岩崎:そう考えるとほら、トイレットペーパーとティッシュであんな殺伐としたものを書いた人がさ、次ではこんな高齢の夫婦の、心の機微みたいなものも書きたいっていう振れ幅がね、面白いね。

柳沼:ご主人役の人が、もともとすごい紳士なんですよ。で、あなただったらどう介護しますかって。「そんないい人には、なれないんじゃないですかぁ?」ってことで、途中で怒鳴ったり、ちょっと嫌気が差したぞっていうシーンを入れたり。

岩崎:そういう手法で作るってことは、役者をちゃんと信頼してるんすね。

柳沼:そうっすね。いやでも実際、あのおじいさんを前にした時、勝てんなって。

岩崎:あ、それは芝居やってると絶対思う。勝てないです、絶対。

柳沼:だから「この人にお芝居をさせるってどうなんだろう」って。実際あんまりお芝居できないってのもあったんですけど。5年くらいしか経験なくて。

岩崎:あ、そうなんですか。

柳沼:お2人とも。奥さん役の人は子どもが片付いて、大昔やってたからっていう。ご主人役の方はお役人さんだったんですよ。定年してどっかで働いて、それも終わったからってアトリエ劇研15)京都市左京区下鴨の閑静な住宅地にある民間の小劇場。京都小劇場の草分けとして、多くの舞台人を輩出している。
アトリエ劇研
の門たたいて。で、シニア劇団に行ったんですけど「若い人たちともやりたい」って、僕らみたいなところのオーディションを受けまくって。

岩崎:すごいなぁ、お年寄りの欲望。

柳沼:でもやっぱりお芝居すると、「いやそんなヤツいないですよ」っていう感じに…。

岩崎:ああ、構えるんでしょ。

柳沼:じゃ違うところから、この人たちをいい役者にすることはできないかなと思って。

岩崎:そうか、それでディスカッションして。

柳沼:抑えるのに必死なんですよ。「それしなくていいんで」とか。

岩崎:分かります、分かります。うちにも劇団員で70超えた男がいるんですけど、いろんなことしたがるんですよ。ちょっと違うんですよ、我々の「いろいろ試したい」っていうモードと、その世代のモードは。

柳沼:圧倒的に違うんですよ。でもそんなに度胸据わってないから、さんざん「自分こんなことやってみたいんです」って言ってたのに、いざ人前に出ると思いっ切りスケールダウンするんですよ。

一同:あははは。

柳沼:ね、って。もうやめとこって。そんな感じで、最初の2本と最後の1本、作り方が全然違ったんで、うまい具合に融合できないかなと。それを今やってるんですけど。

岩崎:今回は町の話だから、それぞれの世代が出てくるわけですよね、混在して。

柳沼:でも俳優は1番上でも40代なんです。それをあえて、おばあちゃん役とかしてみようと思って。それでドキュメンタリー的な印象を得られたら、成功だなって。

岩崎:なるほどね。でも、作り事は嫌なんですよね。

柳沼:はい。

岩崎:ダイアローグとモノローグがあんなに飛び飛びに出てくるけれど、作り事は嫌なんだ。

柳沼:その気持ち悪さ、気持ち悪い時間っていうかね。時間の伸び縮みとかをみせたい。オーソドックスな会話みたいなんは、お客さんとのニセの契約みたいなもので。急に時間飛ぶとかモノローグ入るとかで、「あれ、普通だったのに」っていう効果を出してる部分はありますね。

岩崎:80年代の演劇はそれを構造的に入れてたけど、また違った作戦ですね。

柳沼:そうですね。

岩崎:でもモノローグに違和感を感じないのが不思議だね、柳沼さんの文体って。ダイアローグからポンって飛んだ時もっと違和感あるのかなと思ったけど、映像見せてもらったら、俳優も違和感持たずにやってる感じがする。

柳沼:“思考の垂れ流し”みたいな感じですかね。僕のモノローグっていうのは。

岩崎:なのかな。でも語ってるっていうことは、語り掛けてる対象がいそうな感じもするのでね。でもそれは、そこにいる相手ではたぶんないでしょ。

柳沼:はい。

岩崎:不思議だよね。

柳沼:客席なんですよね。

岩崎:ですよね。でもそれは客席側と俳優が、あったかい関係になるかっていったら、そうじゃないんだよね。本来そのモノローグって、あったかい関係作るためにあったじゃないですか、たぶん。そういう効果ではないですよね。

柳沼:そうですね。

岩崎:それも面白い。

柳沼:やっぱりドキュメンタリーの話になるんですけど。あれ実際に生活してる姿を撮ってて、でもカメラ目線でしゃべるじゃないですか。これかなぁって。

岩崎:それですね。映像を撮ったりはしないんですか?

柳沼:しないんです。大好きなんですけど。どちらかっていうと演劇より、映像からインスパイア受けることが多くて。

岩崎:へー。でも映像的ではないですよね、徹底して定点だから。ドキュメンタリーかぁ、なるほどねぇ。

次回公演はオール三重スタッフ

-「国道、業火、背高泡立草」は三重仕込みなんですよ。オール三重スタッフで。

岩崎:全面バックアップ? へー。

-三重に2週間ぐらいいるのかな。三重でレジデンスして公演、で、伊丹来て、広島公演っていう。

柳沼:そうですね。

岩崎:何でそんな座組みになったの?

-焼き肉屋さんで、僕らが言っちゃった勢いで。

岩崎:焼き肉?

柳沼:いつも飲んでる席で決まりますよね(笑)。

-津あけぼの座スクエアのこけら落とし16)油田が代表理事を務める「特定非営利活動法人パフォーミングアーツネットワークみえ」が運営管理する劇場。津あけぼの座のほぼ3倍の大きさ。2012年3月のこけら落とし公演が、柳沼さん率いる烏丸ストロークロックの「仇野の露」だった。で来ていただいて。僕らなりに、スタッフワークの問題点っていうのを感じてたんですよ。またそれとは別に、阪本さんといろいろ話してて。そしたら松浦さん17)三重県文化会館事業推進グループのグループリーダー松浦茂之さん。大胆なアイデアと抜群の行動力で、三重県の演劇文化を牽引している。烏丸ストロークロックの津公演の会場。
三重県文化会館
が「だったらもう、スタッフ全体を三重で」って。それは三重にとって、すごい財産になるから。

岩崎:三重の人たちが旅で回るって、なかなかないもんね。

-たぶん初めてですね。

柳沼:何か地方公演って、行ってサヨナラじゃないですか。僕たちも、もっと密接にかかわりたいなという思いがあって。

岩崎:新しい形ですね。やっと三重県人がおせっかいできるようになったのは、いいことですね。

-岩崎さんに、道なき道を切り開いてもらったおかげです18)岩崎さんは出身地である三重県で、2003年の「第1回三重県戯曲塾」を皮切りに、ワークショップなどを三重県文化会館で多数開催。三重の演劇発展に貢献している。油田は翌年上演された同塾のリーディング公演で、岩崎さんと共に演出を担当。当時から大変お世話になっている。。ほんと今回、伊丹と広島の公共ホールさんで打たせてもらうのは、大きいなぁって。

京都の人と兵庫・大阪の人

-アイホール的にはどうですか。柳沼さんみたいなタイプの芝居が来るっていうのは。

岩崎:京都のっていう意味では、年に何本かは越境して来てもらってるんだけど、やっぱり集客に苦労されてるよね。京都に行かないんだよ、兵庫と大阪の人間が。

-それは何でしょ。三重だと、北に住んでる人間は津になかなか来ないのと一緒かな。

岩崎:名古屋の人は津に来ないみたいな。

-四日市から北は来ないんですよ。南に行くってのは、何か田舎に行くみたいな感じのようで(笑)。名古屋には行くんですけど。

岩崎:分かる。オレ鈴鹿だったから、津に行くか四日市に行くかって言ったら、四日市行く方が都会だと思ってたもんね。

柳沼:でも昔からありますよね、大阪の人は。

岩崎:だって京都は、区別してるでしょ。「大阪の人たち」って言って。

柳沼:言いますね。

岩崎:言うでしょ。大阪の人たちも「京都の人たち」って言うからさ。

-僕らが「名古屋はさぁ」って言うのと一緒か。

岩崎:三重と名古屋の関係と、似てるかもしれないね。九州でいうと福岡と北九州の関係とかね。

-ただまぁ、三重はカンパニーがまだ少ないですからね。

岩崎:でも状況的に盛り上がってるから。京都もそうだよね。だから無理してでも、アイホールとかでやってほしいなって思いますよ。「来てくれたら見に行くで」って人もいるから。

柳沼:最初の頃はね、ウイング19)大阪ミナミにある演劇空間「ウイングフィールド」のこと。若手劇団応援企画を積極的に行っている。
ウイングフィールド
でやらしてもらってて。近大なんで、昔の芸創20)大阪市立芸術創造館のこと。芸術表現を目的とした活動を支援する施設で、稽古場、スタジオを完備している。
大阪市立芸術創造館
とか。でも最近ずっと京都なんで、もう怖くてしょうがないです。
岩崎:そんなこと言ってたら、広島だってそうじゃない。

柳沼:広島はね、もう遠すぎて。伊丹だと知ってるじゃないですか、アイホールでやるってどういうことなのかって。ちょっとビビっちゃうところあります。

岩崎:楽しい空間ですよ、アイホールは。

柳沼:京都で「アイホールでやる」って言うと…

岩崎:「ちょっとメジャー系になるつもり?」みたいな。

柳沼:「きたな」とか言われましたもん。

一同:あはは。

-じゃあぜひ、今回は兵庫や大阪の方に来ていただきたいですね。劇場で言えば、岩崎さんには津あけぼの座スクエアでやってもらいたいです。

岩崎:やりたい、やりたい。いつかやりましょう。あまり仕込まずにできるのを作りたいと思ってるんで。

-お待ちしてます。ありがとうございました。

撮影:松原豊(Office369番地)
構成:脇ふみ子
インタビュアー:油田晃(特定非営利活動法人パフォーミングアーツネットワークみえ)
収録:2013年1月31日・伊丹市立演劇ホール・アイホール