改訂再演「つきのないよる」
-山口さんと三重との繋がりは、昨年のコンブリ団「ガイドブック」でのアフタートークで津あけぼの座にお越し頂いたのが初めてかと記憶します。さて、今回、三重で上演する「つきのないよる」は2013年に上演、そして今回の再演となりました。
山口:初演1)「つきのないよる」初演。2013年7月に大阪・インディペンデントシアター1stで上演。では、経験豊かで魅力的なキャストを揃えた事もあって、お客様に大変楽しんで頂きました。ステージを重ねるごとにお客様が増え、トリコ・Aとしては大きなターニングポイントとなる作品になりました。その反面、私がこの作品でやりたかった事が台本の面で十分に達成できなかったという実感がありました。今回は、その点を改善する為に再度この事件にチャレンジしようと考え、台本を一から書き直しました。キャストも演出も、新しい「つきのないよる」になると思います。
-初演では実際に起こった事件2)2009年に発覚した「首都圏連続不審死事件」といわれる事件。
2009年8月6日、埼玉県富士見市の月極駐車場内にあった車内において会社員男性の遺体が発見。死因は練炭による一酸化炭素中毒であったが、自殺にしては不審点が多かったことから警察の捜査が始まる。その結果、無職の女性Kと交際していたことがわかり、捜査していくにつれて女性Kにはほかにも多数の愛人がおり、その愛人の何人かも不審死を遂げていることがわかった。
Kは死刑判決を受け、現在最高裁判所に上告中。をしてモチーフに展開されましたが
山口:初めてあの事件を知ったとき、とても人ごととは思えない印象を受けました。
死刑判決をうけたKに、正直に言うと、共感してしまったのです。それで最初はただの興味から彼女の事を調べはじめました。ところが調べれば調べるほど私と彼女の共通点は減っていきました。初演ではそこでまずつまずいてしまったのだと思います。
今回は、「私」のことは横において、改めてKの個人的な歴史を知る所から始めました。そうすると非常に普遍的な問題が浮かび上がって来たのです。今回の作品の目的は、一見特異に見えるあの事件の普遍性を、いかに深く探るかという事に尽きると思います。
-現在、稽古の真っ最中ですが、いかがですか?
山口:台本の段階で随分苦しみましたが、稽古が始まり、俳優達が実際にセリフを声に出し、立ってくれる事で世界が大きく広がりました。何度やってもこの瞬間には感動します。ここからまた長く苦しい旅が始まりますが、この最初の感動を忘れずにいれば乗り越えられるような気がしています。
「再演」を行うこと
-再演の過程で山口さんが気付いたことってありすか?
山口:初演では色々とつまずきましたが、そのつまずきが、今回意外と役に立っていると思います。2年前に上演した経験が、今回の物語の深みに繋がっているように感じるのです。やはり物語は時間をかければかけるほど熟成されていくんだなと感じます。
-トリコAは俳優の皆さんが豪華です。キャスティングに思う所はあるんですか?
山口:これまでは理由をあまり意識してなかった、というか、単純に「ワクワクする座組」というのが自分のキャスティングのポイントだと思っていたのですが、最近は深層心理として「私が現状の私のままじゃヤバいと感じる事のできる人」を選ぼうとしているような気がします。背伸びしないと付き合えない人に出て頂いて、プレッシャーを故意に創り出し、成長させて頂くという、随分身勝手なキャスティングだなと自分でも思うのですが、みなさん人格者ばかりで、こんな私に付き合ってくださるのでありがたいです。
-ベテランから、東海地方お馴染みの俳優さん3)出演者:村木よし子(劇団☆新感線)、小熊ヒデジ(てんぷくプロ)、丹下真寿美、武田操美、はしぐちしん(コンブリ団)、二口大学まで、稽古は苦労しないんですか(笑)?
山口:様々な面(主に経済面ですが)を考えるとやはりあまり長い時間拘束できないので、稽古は短期間集中して行います。その為に、ある程度台本を仕上げ、スタッフミーティングを済ませ、美術を組んだ稽古場であとは立ち稽古をするだけ、という状態で皆さんを京都にお招きするのが理想なのですが、中々その通りに運ばず、確かに大変なことは多いように思います、ただ私は好きでやってるので、どちらかというと俳優さんに苦労をかけてしまっているのが現状です。
-三重では4週連続のワークショップ4)津あけぼの座で4週連続演劇ワークショップ「演じることと聞くこと」を開催。全く違うエピソードを話すメンバーが交わる事でどのように伝わるかというワークショップ。「演じること」とは「聞くこと」とはを考える内容となった。今回の撮影写真はそのワークショップ最終回の現場から。にも取り組んで頂きました。「聞くこと」という演技のなかでもなかなか取り組みにくいことを選んだ感じがするんですが?
山口:今回は「聞く」とはどういう事かを考えるきっかけだけでもこのワークで創りたいと思いました。一般的に「演技」とは「自分がセリフを話す事」というイメージが大きいと思うのですが、実際に芝居の道に入るといつまでも苦労するのがその「聞く」だと思うのです。逆に言えば「聞く」を意識しはじめた時から、俳優や演出家として次の段階に進めるような気もします。劇作家もそうかもしれません。私ももちろんまっただ中にいるのですが、聞くとは待つ事だったり、思考を頭から身体にシフトチェンジする事だったり、自分が何かをしたり、変えたりするのではなくて、ただ目の前で起きている事に目を凝らす、耳を澄ます事が重要なんだ、という事に繋がれば良いなと思っています。
-今回、トリコAは三重初登場です。どんな所を見てもらいたいですか?
山口:まずはゴシップ記事を読むような気持ちで気軽に観に来て頂ければ嬉しいです。「なぜ男達はKに騙されたのか」とか「Kなんかじゃ俺は絶対に騙されない」とか「やけにKに共感しちゃう」「まったくKには同情しない」という方にも楽しんで頂けると思います。キャストも非常に魅力的な俳優ばかりですし、ウミネコ楽団の生演奏もあります。ご覧頂いた後で、楽しむ以上に何か持って帰って頂けるものがあれば、またそれを発信して欲しいです。
撮影:面谷香里(特定非営利活動法人パフォーミングアーツネットワークみえ)
構成:油田晃(特定非営利活動法人パフォーミングアーツネットワークみえ)