呪いが解けない人に、観てほしい―田川啓介 水素74%「ロマン」

一方通行な思いをぶつけ合い、すれ違い続ける人たちの姿を気まずい空気の中、シニカルな笑いで描き出す、田川啓介のソロユニット、水素74%。フィクションを突き詰めた初期からリアリティを重視した近作まで、作風の変遷を経た同ユニットが、10周年を前に、ある覚悟を持って本作に挑む。テーマは“結婚”。しかし、必ずしも因襲的な異性間の婚姻、のことだけではない。

―今年は水素74%にとって青年団リンクから独立して5年目にあたり、本作「ロマン」が第10回公演となります。数字としては“節目”と言えますが、田川さんにはそういった意識はありますか?

田川 特にはないです。ただ、これまでやってきたこまばアゴラ劇場やアトリエ春風舎など青年団に関係ある劇場ではなく、動員も考えてもっとちゃんと外の劇場でも勝負できないとダメだなと思い、次の公演は覚悟を持ってやろうと思っています。作風についても、初期はリアリティをあまり考えない、例えば人が生き返ってもいいとか、現実的なルールを踏襲しない作品づくりをしてきたんですけど、そうするとなんでもありになって作劇がルーズになる気がしたのて、近年はなるべく現実に沿ったものを書こうとしてきました。その経験を経たうえで、今また、もう1回変なこともやってみたいなと思ってるんです。

―今回、初の三重公演となります。初めて水素74%をご覧になる方が多いと思いますので、改めてこの不思議な劇団名の由来を教えてください。

田川 水素が爆発する限界濃度から1%減らして、“すぐに害はないけれどずっと気持ち悪い空気”を作りたいなと思って、水素74%としました。別に嫌な人が出てきたり、故意に傷つけようとする人が出てくるわけじゃないんだけど、コミュニケーションで傷つけられたり嫌な空気になったりする感じを描きたいなという思いは、旗揚げから現在まで一貫してあると思います。

―田川作品のタイトルは、「半透明のオアシス」「謎の球体X」「誰」など毎回シャープで印象的です。今回の「ロマン」にはどのようなイメージを込めていらっしゃるんですか?

田川 タイトルは俳優に相談しながら決めることが多いんですけど、今回は自分で決めました。自分で決めるとどうしてもドンっとしたタイトルになりがちですね(笑)。今回は、ロマン主義について書かれたものを読んだのがきっかけで、ロマン主義って論理とかじゃなくて情動的なもので作品を立ち上げていくことだと知って、「それはいいな、俺もロマン主義になりたいな」って思ったんです。カタカナで「ロマン」にしたのは、なんかダサい感じにしたいっていうのがあって。内容は、今自分が一番気になっている婚活の話です。婚活にロマンを持った人が、論理的じゃなく情動的に動いていく話にしようと思っています。

―本作の企画書には、「恋愛関係から発展して、異性と結婚する、という以外にも共生の形は色々あると思うのです」と作品コンセプトの紹介がありました。いわゆる“結婚の善し悪し”を描く作品には、きっとならないのですよね(笑)?

田川 そうですね(笑)。2009年に「誰」を書いた時、「友だち地獄」(ちくま新書)という社会学者の土井隆義先生が書いた本を読んで。その本には“よく若者は頑張ってないって言われるけれど実は頑張ってはいて、ただ昔と頑張る方向が違っている。今の若者は誰かと一緒にいるために、浮かない努力をしてるんだ”とあったんですね。さらにその土井先生も“自分は40代だけど同じ悩みがある”と書いていらして、そのことに救われたんです。当時自分は大学生だったんですけど、僕も人と関係するのがすごく煩わしいというか、うまくできなくてしんどいなって思っていた。大人になったら変われるのかと思ったけれど、40代の先生でもそうなのかと。その思いは今でもあるんですが、さらに結婚ともなれば、その人とずっと一緒にいるわけで…。それはすごく難しいことだよなと。どうやったら人と一緒にいられるんだろうと、結婚について考えるうちに、婚活パーティのような場所で、人に好かれるようなコミュニケーションを繰り広げるのって、やっぱり相当しんどいだろうなと想像して。

―近年、恋人を作るのも煩わしい、自分の時間やお金を人のために使いたくないという人も増えているというニュースを見ました。

田川 寂しくないんですかね?確かに僕は人とうまく関われないけど、1人で生きていくのって寂しいと思うんですけど…。

―田川さんはその寂しさを補完する対象が、別に異性の人間じゃなくてもいいんじゃないか、と?

田川 寂しさがなくなるなら犬でも宗教でもいいし、親子とか男同士が一緒に暮らしてもいいんじゃないかって。もちろんそれは、ポピュラーな在り方ではないんですけどね。僕、作家の村田沙耶香さんがすごく好きなんです。村田さんの作品には、因襲的な抑圧を跳ね除けるような強さがあって、だから読むとすごく解放感を感じる。僕も因襲的なものは嫌だなって思うんですけど、でも呪いが解けないっていうか、「そういうものだ」と言われたら「そうかもな」って思っちゃう部分もあって、ウジウジしてしまうんです。東京の人だったら「そんなの気にしてもしょうがない」って思うのかもしれませんが。

―東京はあまりに人が多すぎて、どんな暮らし方をしていても目立たないかもしれませんが、ほかの地域では少し状況が違うかもしれませんね。

田川 僕は実家が埼玉の本庄で、ほぼ群馬という場所なんです。周りにはカラオケとかパチンコ屋しかなくて、僕の友達で結婚してない人なんて誰もいないんじゃないかな? だから本当は本庄の友達に観てほしいんですよね(笑)。…ああ、でもそうですね。この作品は確かに東京から離れたところにいる人たちや、呪いが解けないと思ってる人たちに見てほしいですね。

取材・文:熊井玲
写真:「花火」(2017)撮影:伊藤佑一郎