シックな作品、でも三重のお客さんならわかってくれるはず―岩井秀人 ハイバイ「ヒッキー・ソトニデテミターノ」

2012年に東京でのみ上演された、ハイバイ・岩井秀人の衝撃作「ヒッキー・ソトニデテミターノ」が再演される。三重でも2015年に上演された、ハイバイの代表作「ヒッキー・カンクーントルネード」の続編にあたる本作は、高校時代から数年にわたり引きこもっていた岩井自身の体験を元に、主人公・登美男の“その後”を描く。再演にあたり岩井は、「演劇の楽しさを前面に押し出した、いわゆる“いい顔”をした作品ではないけど、三重の人にはわかってもらえると思う」と語る。その言葉に込めた思いとは?

—本作はもともとパルコ劇場のプロデュース作品として、本公演とは異なる環境のもと、いつもより大きな劇場、新たな観客の前で上演されました。そういったタイミングで、エンタテインメント性が強い作品ではなく、ご自身の作家性と向き合うような作品を上演することにしたのはなぜですか?

岩井:窮地に追い込まれたときに、僕は絶対エンタテインメント性に傾かないんですよ(笑)。タイミング的にも“自分のためにやる”ことを選択するときだったんですよね。劇作家として、「引きこもりでした」ってことを書いてスタートして、ずっと“私演劇”を書いてきたので、その続きというか、もしあのまま引きこもり続けていたらということを考えないとダメだと思っていたし、例え(家を)出たとしても今と異なる人生を歩んでいた可能性もあるってことを、ずっと書きたいと思っていました。そういう意味で、何年かぶりに自分のために書いた作品と言えます。それと、人を笑わせたいと思って演劇を始めたんだけど、人間は笑ってる間は何も考えないんだなってことが気になっていた時期でもあって、自分がやってることってなんなんだろうと思っていた。それで、引きこもりを外に出す“レンタルお兄さん”のことや、引きこもりの人たちを引き受ける寮の取材に行ったんですね。そうしたら、自分ももし少し違う選択をしていたら、ここでお世話になってたんだなって感じが、ものすごくあって。それでもう十分、自分がこの作品をやる意味がある、と思ったんです。

—登美男というキャラクターが、岩井さんの中ではずっと生き続けていたんですね。それだけ岩井さんご自身が投影されているキャラクターなのでしょうか?

岩井:そうですね。隠すのが上手くなっただけで、根本的には僕、引きこもっていたときとあまり変わらないと思います。5秒くらい沈黙があったりしたら、「次の話題が見つけられない自分が悪い!」と思ってしまうところとか(笑)。その一方で、「出られてよかったですね」と言われると、わからないなと思っていて。もちろんよかった部分はあるし、よかったと言わなきゃだめなんだろうけど、「~カンクーントルネード」でも、最後に登美男が家を出られたかどうか、どっちにも取れるように書いたのに、お客さんからは「出られてよかったですね」と言われることが多くて、そこにずっと引っかかっていました。僕自身、家を出るときには大いにキャラ変して出ているんですが、出られてよかったねって、そこだけにクラッカー鳴らすの、ちょっとやめてくれませんかって思ってましたね(笑)。

再演ではできるだけシンプルに

—再演にあたり、初演から変更される部分はありますか?

岩井:前回は、“老いつつある母と40歳くらいの引きこもりの息子”にしていた設定の一部を、父親と息子の関係にしました。というのも、父親ってすごく今日の問題になってきている気がしてて。母親に比べると、父親の家庭での立場は、近年すごく変化していると思うんですね。例えば20年前の父親像は、今では許されないことがすごく多くなっていると思うんです。まあうちの場合、役の性別が変わっても演じるほうにはあまり大きな影響はないですし。

—ああ、確かにそうですね(笑)。また、今回は初演で吹越満さんが演じられた登美男を、岩井さんご自身が演じられます。

岩井:吹越さんが演じた登美男は、役に入った瞬間に歩き方から変わってしまうくらい、「これぞ俳優」という感じでとても素晴らしかった。今回、自分が演じることでどうなるのか…演劇というよりドキュメンタリーになるような気がしていて(笑)。なので、いろいろ盛り込まず、できるだけシンプルに見せたいと思っています。

—また本作は、東京、三重、新潟、兵庫に加えて、初のパリ公演も行われます。

岩井:東京以外で上演するときは、楽しい作品を意識的に選ぶんですけど、今回は相当シックですね(笑)。でも三重のお客さんにはすでにハイバイの作品をけっこう観てもらってるので、どんな連中が来るかっていうのはわかってもらえてる気がする。なので、お客さんには「うーむ」って悩みに来てほしいです。パリについては、今年の夏にリサーチで一度訪れたのですが、そのときの反応を見る限り、全然大丈夫だと思います(笑)。

「~カンクーントルネード」初演が2003年、「~ソトニデテミターノ」初演が2012年。岩井さんの中で約10年生き続けた登美男ですが、これからさらに10年後に登美男がどうなっているか、岩井さんの中にイメージはありますか?

岩井:うーん…どうでしょうね。何かありますかね?

—例えば登美男に息子ができて、息子と登美男の物語とか…。

岩井:ああ、息子ね、なるほど面白そうですね。息子が引きこもったら、登美男はどうするんだろう?

—なんて声をかけるんでしょうね。

岩井:自分がこもったことがあるからこそ思うのは、どうしようもないってことですよね。だから、僕だったらただ話を続けるかな。理由がわかれば話してほしいし、わからないならわからないでもいいから、家の中だけでも居場所にしてやらないと、と思います。

—先ほど岩井さんは、“大いにキャラ変して出た”とおっしゃいましたが、引きこもりをやめて20年近く経つ今でも、ご自身の中にその“名残”のようなものを感じることはありますか?

岩井:すごくありますよ。そもそも演劇を始めたのも、人の目線が怖いから、どうして怖いのかを探ろうと思って、という部分があるし、昔は終演後にお客さんのアンケートを全部買い取って、その意見に全部答えるなんてこともやった。それで、単純なことに気づいたんです。みんなの願望は叶えられないし、みんなに好かれるようにはできないと。例えば、あるシーンがすごくよかったと言う人もいれば、同じシーンをカットしてくださいって言う人もいる(笑)。最初はそれに対して「どうすればいいんだ!」って頭を抱えたけど、今は自分が思っていることを観てもらえばいいんだと思うし、そこまで人はすぐに自分のことを裁かずにいてくれるとわかったというか(笑)。でも今でも元の部分は全然、変わっていないと思いますよ。

取材・文:熊井玲