平田オリザ 地域演劇の未来を語る

三重との縁は11年前から

―実は三重と青年団やオリザさんの関わりは深いですね。

平田:最初は2001年の「冒険王」1)青年団は1982年、平田オリザさんを中心に結成された劇団。「冒険王」は平田さん唯一の自伝的戯曲で、1996年に初演された。1980年のイスタンブールを舞台に、東にも西にも進めない日本人たちの生態を描く。2001年の再演時、三重県文化会館で上演。青年団の同館での公演は以降も続き、今年1月には第62回公演「革命日記」が行われた。ですかね。

―当時、三重県文化会館での会議に僕は出席してて、劇場さんから「今度、青年団という劇団を招くんですが」という話が出て、「どこの町の青年団ですか?」みたいな(笑)。僕は七ツ寺2)七ツ寺共同スタジオ。名古屋市中区大須にある小劇場。東海地区小劇場の中心的役割を果たし、今年9月に創立40周年を迎えた。インタビュアーの油田が七ツ寺で見た青年団作品は1995年に初の名古屋公演となった「S高原から」。
七ツ寺共同スタジオ
で拝見していたので、それはスゴイことですよと。それからでしょうか?結構三重に来られてますよね。

平田:そうですね、高校演劇の指導とか。公演がない時も、ワークショップで来たり。それで2007年の「隣にいても一人」3)平田さんと地域の劇場が連携し、2007年に創作。平田さんがオーディション・稽古・本番と長期間滞在し、地域のキャスト・スタッフと共に作り上げた。三重、広島、青森、熊本の4都市で開催。
青年団プロジェクト「隣にいても一人」
。たまたま三重県出身者が3人もうちの劇団にいて、人口比率からすると異様に三重率が高かったわけです。あれは劇団内で、その地域の出身者が一生懸命呼び掛けると成立する企画だったので、三重は比較的早く企画が決まったんですね。

―あの時オリザさん、かなり長く三重に。

平田:そう。1週間〜10日の滞在を2回で、本番入れて正味3週間ぐらい。

―津駅前の喫茶店事情に詳しくなったとか。

平田:はい、津駅前には詳しいですよ。だって行く店が限られてるんだもん。今もあるか分からないんですけど、なんかお化け屋敷みたいな喫茶店4)インタビュー後、その喫茶店に平田さんの案内で向かいましたが、既にありませんでした。があって。

―それは僕らも、一体どこなんだ、そんな喫茶店は本当にあるのかと。

平田:だから、ないかもしれない(笑)。入るとマンガがすごい置いてあるんですけど、最新のが90年ごろのやつなの。「俺の空」とか。更新されてないの、全てが(笑)。で、入っても人がいない、ガラッとしてて。隣の家に呼びに行くんですよ、すいませんって。で、あーあーって出て来る。

―結構行ったんですか?

平田:3回ぐらい(笑)。だから「日本一津に詳しい劇作家」ってのが、当時のキャッチフレーズ。

地方の演劇事情と三重モデル

―われわれ地方が演劇をやることって、なかなか簡単ではないんですが。三重は今、三重文さん5)三重県文化会館のこと。近年、幅広い公演活動とユニークな運営手法で注目を集めている。正式名称は公益財団法人三重県文化振興事業団。
三重県文化会館
が引っ張って「三重モデル」といわれる形ができていて、私ども民間も協力させていただいて。オリザさんから見てどうですか。

平田:調子いいですよね。「三重のような館を作りたい」という声も聞きます。三重は今、突出して評価されてる。えーとね。何度も申し上げてきたのは、「隣にいても一人」が典型6)「隣にいても一人 三重編」は、登場人物は4名。A・B2チームで上演したので、俳優は8名。青年団所属の俳優(三重出身)が3名、残りの5名を一般市民のオーディションから選んだ。上演は三重の方言に変えて上演。出演者を少数に絞り込み、コストの低いアーティスト・イン・レジデンス方式で高いクオリティの作品という形を提示した。で、要はダウンサイジングなんだと。地方の劇場がうまくいかないのは、東京と同じことやろうとするからで、そうすると東京からたくさんの人を呼ばない限り、同じレベルのものはできないわけですよ。だけど地方にも優秀な人はいる、人数が違うだけで。人口が圧倒的に違うから当たり前だけど。だったら、その人たちだけで作ればいいわけです。問題は、それが地域で許されるかどうか。その人たちだけで作って、さらに必要な人を外から呼んでくるっていう作り方が、許されるかどうか。で、ほとんど許されない。例えばオペラなんか象徴的で、大きな都市で作っても、オペラの団体があってそこがキャスティングをにぎってるから、演出家が思い通りできない。

―成功例はありますか?

平田:2012年1月に僕は広島のアステールプラザでオペラを作ったんですが7)広島市のアステールプラザで今年1月、平田さんが初めてオペラの演出を手掛けた「班女」が上演された。台本・作曲・音楽監督を務めた細川俊夫さんは広島市出身の現代作曲家で、国際的にも高く評価されている。、細川俊夫さんっていう作曲家が音楽監督をやっていて、彼がオーディションするんです。で「この3人でどうですか?」って僕に任される。強い音楽監督がいて、企画を立てキャスティングをしてやれば、地方でも東京どころか、すぐ海外に持っていける作品ができるわけです。実際、三重で作った「隣にいても一人」も今年5月、メンバーそのままではないけれど「釜山国際演劇祭」に行ってる。そういうことは普通に起こるんです。水準を高くするのを前提にして、じゃあ三重で少なくとも東京レベル、できれば国際レベルの作品を、その予算とか人員の中で作るにはどうすればいいかっていう発想をしなきゃいけない。いろんな人が集まって、あれもやらなきゃ、こうじゃなきゃオペラじゃないみたいなことになっちゃうと、予算はかかるは人もいるは、結局ごった煮になって会議で決めて、何の成果も上がらない。優秀な芸術監督やプロデューサーが、作品のクオリティーを上げることだけをとにかく考える。それがまず核にあって、その中で他のいろいろな、アウトリーチとかを考えるのが、県立劇場のやるべき仕事だと思いますね。あとは県全体の文化振興とか市民参加とかもあるから、どうバランスとっていくかです。

―三重文さんが参加してる「トリプル3 演劇ワリカンネットワーク」8)「3つの劇団」と「3つの公共ホール」が「3年」かけて、新作戯曲の書き下ろし、公演の製作・上演、各地域でのレジデンス企画を展開するネットワーク型・市民参加型の演劇プロジェクト。「南河内万歳一座」「劇団ジャブジャブサーキット」「劇団太陽族」の3劇団と、「すばるホール」「長久手市文化の家」「三重県文化会館」の3会館が連携し、2010年にスタート。最終年の今年、三重県文化会館では10月13日(土)・14日(日)、南河内万歳一座と地元の役者らが共演し「あらし」を上演する。では、3つの劇団と3地域のホールが連携して、アーティストが地域に滞在して芝居を作っています。オリザさんがよく言われていたフランスの型と似てますよね。

平田:そうそう。フランスのシステムを、職員対象でレクチャーしたんです。滞在型でやれば、負担を少なくして、ちゃんとした作品が地方のホールでもできるってことを。

―今、三重でやっていることの多くは、オリザさんがまいてくれた種が芽を出しつつあるんだと思います。

平田:出会った時期が良かったですね。10年以上同じこと言ってて、内容自体は15年くらい前から言ってて。要するに劇団から劇場に制作主体は変わっていきますよと。世界的な流れだから。それから地方に分散していきますと。東京一極でそれを作ることは無理だから。そうすると地方だけで支えるのは難しいから、ネットワークの時代になりますみたいなことを。で、ちょうど「芸術立国論」9)2001年に発刊された平田さんの著書。日本再生のカギは芸術文化立国を目指すことにあると説き、芸術がいかに必要か、文化予算はどう使われるべきかを論証する。書いたのは10年前でしょ。いろんな自治体や公共ホールが一応みんな読んでくれて。それを三重が1番うまく使ってることは間違いないですね。

―でも、まだまだという感じですね。

平田:今年、劇場法10)今年6月、「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」が施行された。全国の劇場や音楽堂(ホール)の活性化に対し、国や自治体に責任があることを明記。劇場や音楽堂は公演を企画制作する機関であると規定し、専門的な人材の育成や確保、施設同士の連携や大学との協力を促している。
文化庁 劇場、音楽堂等の活性化に関する法律について
ができて、概算要求レベルだけど劇場への予算も倍増になって、地方で作品を作ることが当たり前になった。それから10年、20年かかると思うんです。でもね、例えば東京でも20年前には、公共ホールが作品を作ることは一切なかったんです。で、世田谷パブリックシアター11)1997年にオープンした東京都世田谷区の公共劇場。舞台作品創造に力を入れており、芸術監督や制作・学芸・技術分野の専門スタッフを配置している。
世田谷パブリックシアター
ができ、新国立劇場12)1997年にオープンした東京都渋谷区の国立劇場。オペラ劇場、中劇場、小劇場があり、最新技術を駆使した設備で知られる。高水準の舞台制作や人材育成の面でも注目を集めている。
新国立劇場
ができ、その前に水戸芸術館13)茨城県水戸市の複合文化施設。1990年の開館以来、音楽、演劇、美術の各分野で積極的に自主企画事業を展開している。
水戸芸術館
っていう先行例があるんだけど。この10年、「読売演劇大賞」14)読売新聞社主催。その年に日本国内で上演された演劇が対象。作品、男優、女優、演出家、スタッフの5部門と、新人が対象の杉村春子賞、長年の功績やすぐれた企画を顕彰する芸術栄誉賞がある。1994年から始まった。
読売演劇大賞
でも、なくなっちゃったけど「朝日舞台芸術賞」15)朝日新聞社主催。舞台作品の優れた成果・業績を顕彰するため、2001年に創設。演劇、ミュージカル、ダンス、パフォーマンスなどを視野に入れ、多彩な才能が結集する舞台芸術の新たな可能性の発掘をめざしたが2008年第8回をもって終了した。
朝日舞台芸術賞
でも、ほとんどの受賞作は公共ホール制作の作品になってる。要するに、始まれば変わるんですよ。だけど始まるまでの時間はかかる。例えば水戸芸術館から世田谷パブリックシアターまでが5年以上あって、この時期はみんな増えると思ってたけどなかなか増えなくて、しばらくして一挙に広がった。で、今までのようにみんなが同じことやるわけじゃないから、当然失敗する館も出てくるし、成功して伸びる館も出てくる。館自体の運営が問われる時代になるんですね。

―三重県文化会館は、いろいろ積極的に挑戦している。

平田:県立劇場が大事っていうのは、専門家の間ではこの10年来ずっと言われてきたんですよ。県立劇場がうまく機能しない限り、小さな館を救うことはできないだろうと。こんな2千何百も館を作って、自立っていっても無理なんですよ。例えば病院だって、県立病院が地域のいろんなお世話をしてる。民間も含めて。だから県立劇場って本来そういう所なんだけど、今までは県単位で文化行政に力を入れている所が少なかった。それで政令指定都市や、もっとちっちゃくて盛岡市16)岩手県盛岡市。劇団の活動が盛んで、「演劇のまち」として知られている。人口は29万人。三重県津市の人口は28万人。みたいな市の方が小回り利くので、やりやすかったのは事実なんです。ただ作品を作るってことになると、県ぐらいの予算規模がないとできないので、これからは県立劇場の時代になるだろうと。ただその時に、三重にしても、同じように評価されてる熊本にしても、まだ属人的に頑張ってるわけですよ。キーパーソンがいるから成立してる。でもこれは変わらないだろうと。だとすると大事なのは人材育成。「たまたま、いた」みたいなのはダメで、地域でアートマネジメントを担えるような人材を、きちんと育成していくべきなんです。

演劇と教育、劇場と地域社会

平田:で、人材育成が重要ということで、劇場法に「大学と劇場がコラボレーションする」っていうのを入れて、大きな予算を付けてもらったわけです。昔は東京で大学演劇っていったら、早稲田が圧倒的に強かったんですが、今人気の20代の劇団は、桜美林17)東京都町田市にある桜美林大学のこと。平田さんは総合文化学群(来年度より「芸術文化学群」に名称変更)の演劇コースで教授を務めていた。
桜美林大学総合文化学群
や日芸18)日本大学藝術学部。演劇学科から優秀な演劇人が多数輩出されている。
日本大学藝術学部
。要するに、本格的に大学がやり始めたら勝てるわけがない。

―関西もそうですよね。近大19)近畿大学。文芸学部芸術学科に舞台芸術の専攻科がある。
近畿大学文芸学部
とか京都造形20)京都造形芸術大学。舞台芸術学科がある。
京都造形芸術大学 舞台芸術学科
とかが中心になって。

平田:グローバルスタンダードからみたら、演劇科のない普通の大学が盛んだっていう、かつての状況が異常なわけで。ちゃんとやり始めたら、ちゃんとなるわけですよ。で僕は今、四国学院21)香川県善通寺市にある四国学院大学。2010年に「身体表現と舞台芸術マネジメント・メジャー」(略称:演劇コース)を開設。四国にいながら、最先端の演劇やダンスに触れ、学ぶことができる。平田さんは客員教授・学長特別補佐を務める。
四国学院大学演劇コース
でもそれをやってるんですけど。中部、東海地区は受け皿がほとんどないので。

―いや、今年から地元の三重大学でも、演劇入門22)三重大学の共通教育科目として2012年4月から設けられた講座が「演劇入門」。座学だけでなく、ワークショップや演劇・芸能鑑賞なども講座に組み込まれた。
三重大学 演劇入門シラバス
っていう授業ができたんですよ。田中綾乃先生23)三重大学人文学部文化学科准教授。哲学・倫理学・芸術論(演劇論)が専門で、演劇評論家としても活躍。やいろんな方のご尽力で、松浦さん24)三重県文化会館事業推進グループのグループリーダー松浦茂之さん。大胆なアイデアと抜群の行動力で、三重県の演劇文化を牽引している第一人者。や私も非常勤でお邪魔して。それで、せっかく今、三重県では芝居を観られる機会が増えているので、2本観てレポート出すっていうのをお願いしたんです。そうすると今まで演劇を観たことがない子たちでも、興味もって観るし、その後、お客さんとして普通に来てくれる子も居る。

平田:だからここで実績を積んでね。大学も生き残りに必死なわけだから。特に地方の国立大学の大学院は。文化制作系なんかを作りゃいいんです。そうすれば、名古屋からも人来ますよ。そういう発想があるかどうかなんです、地方に。今三重は調子がいいから、今のうちにちゃんとインフラ整備をすることですね。で、最大のインフラは教育なんですよ。四国学院大では、1年生は前期と後期1回ずつ、演劇とダンスの授業を受けるんですよ。演劇コースじゃない子たちも全員。そんなことはできるんです、やろうと思えば。その時に行政なら行政、大学なら大学に、分かりやすいボキャブラリーで話してあげることは大切。演劇っていきなり言うと受け入れられない時もあるので、まぁこれはコミュニケーション教育ですとか、相手のコンテクストに合わせて話す。

―今後、劇場法が動き出して、どんな変化があると思いますか。

平田:うーん。まぁ劇場法とアーツカウンシル25)芸術文化に対する助成を基軸に、政府と一定の距離を保ちながら、文化政策の執行を担う専門機関。欧米諸国やシンガポール、韓国など世界各国で設置されている。日本でも本格的な実現に向けた取り組みが始まっている。東京都が既に準備を始めている。
アーツカウンシル東京準備機構
ですけど、たぶん後退する時期もあるんで、その時にどれだけ踏ん張れるかとか。それによって10年かかるのか20年かかるのかっていうスパンでしょうね。日本に劇場文化ってものが根付くのが。例えばAPEC開催のために、ロシア政府がウラジオストックの社会資本整備を行ったんだけど、やっぱり真ん中にオペラハウスを作るんだよね。都市政策の中に、劇場が位置づけられてるわけです。例えば架空の話ですが、日本が首都を移転して、ブラジリアとかキャンベラみたいな人工都市を作るとしますね。そうするとまず県庁とか行政機関を作って、学校を作って、病院を作って…ってみんな考えると思うんだけど、その時に劇場がどれぐらいのところに位置づけられるのかってことです。そのプライオリティーをできるだけ高くしていくことが大事ですね。劇場が、市民県民にとってなくてはならないもの、それから行かない人にとっても、あって良かったと思えるものになるかどうか。学校や病院が嫌いな人はたくさんいるけど、自分の町になくていいっていう人はあんまりいない。劇場っていうものが、あって良かったと思われるような施設に、どうやってなっていくか。その人が直接来なくてもいいんです。1番分かりやすいのは子ども、教育なんだけど、あるいは高齢者とか。何かのつながりを持ってそこに関わっている人を、できるだけ増やすことが大事。

―僕は「津あけぼの座」をどうしようかって時に、ちょうど「ワークショップデザイナー育成プログラム」26)青山学院大学と大阪大学が運営する社会人向け履修証明プログラム。ワークショップ(参加体験型活動プログラム)の企画・運営ができる専門家を養成する。2009年よりスタート。平田さんが教授を務めている。インタビュアーの油田晃は大阪大学WSD1期生。
ワークショップデザイナー育成プログラム
ワークショップデザイナー推進機構
を受講して、劇場と社会との関係づくりについて学んで。三重文さんの力もあって、確実にお客さんは増えてる、創客できてきたという実感が少しはあるんですが、地方都市だとなかなか「演劇が必要だ」とか「芸術は生活の中に要るものだ」とか、言い続けても浸透しない、分かってもらえないこともあります。

平田:単純に言うと、小学校から当たり前のように演劇に触れていないから。音楽や美術ってそれがあるのでね。そのレベルで今からやっても、その子たちが大人になるのが20年後ですから。それぐらいかかるってことですね。でも一応コミュニケーション教育推進事業27)文部科学省では2010年度から、芸術表現を通じたコミュニケーション教育の推進に取り組んでいる。芸術家らを招き、芸術表現体験を取り入れたワークショップ型の授業を実施。平田さんは同省コミュニケーション教育推進会議の座長として活躍している。
文部科学省コミュニケーション教育推進会議
も始まって、10年前に比べたらアーティストが学校に行くのも普通になってきたので、大きな変化ではある。

―ワークショップって言葉自体は確実に浸透してますね。

平田:そうですね。14、5年前は「何を言ってるんですか」っていう。

―何でもかんでもワークショップになってる時もありますけどね。150人集めてワークショップとか。

平田:まぁまぁいいんですよ。それは玉石混淆で、失敗もあるんです。日本の行政における最大の問題は無謬性、つまり行政は間違えない、間違ってはならない、だから制度設計をしっかりしないとスタートできないってことなんだけど、文化行政ってそうはいかないんですよ。で、教育に関しても誤解があって。「子どもを傷付けちゃいけないから、間違っちゃダメだ」みたいなところあるんですけど、教育こそ、いろいろ間違いをやりながら、適当に教えていくしかないんです。教育学って、学問の中で最も科学的根拠が薄くて、「こう教えたら何となくうまくいった」とかなんだけど、それが20年後30年後、ホントにその子の役に立ってるかどうかなんて、誰も検証しない。「何となくこっちなんじゃないの」と、みんな仮説で動いてる。だからいいんですよ、適当にやっておけば。子どもはそんなことで傷付かないんだよ。あんまりガチガチに「ワークショップはこういうもんだ」とか「教育はこうあらねばならない」とかいうとですね。それは大人の、しかも2012年を生きてる大人の、非常に狭い観念で子どもについて考えてるだけで、どうなるか分からないんだから。だったら、どうなるか分からないよって教えた方がいいんです。「こんな変な人もいるよ」っていろいろ触れさせるのが、コミュニケーション教育、つまりアーティストが学校に行くことの役割だから。

これからのこと、未来の劇場

―今は新作を書いてらっしゃるんですか。

平田:はい、「三人姉妹」28)アンドロイド演劇最新作。「青年団第69回公演 青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクト」として、アンドロイド版「三人姉妹」を上演する。10月20日(土)~11月4日(日)、東京都武蔵野市の吉祥寺シアターにて。チェーホフの名作「三人姉妹」を翻案し、日本社会の未来を冷酷に描き出す。青年団の役者とアンドロイド「ジェミノイドF」、ロボット「ロボビーR3」が共演。。アンドロイド1体と、ロボット1体が出ます。

―すごいですね。

平田:ま、やってる方にしたら着実にやってるので。そんなにすごくない。

―僕は「森の奥」をトリエンナーレ29)「森の奥」は、平田さんがロボット研究の第一人者・石黒浩氏とタッグを組み、大阪大学で進めている「ロボット演劇プロジェクト」初の劇場公開作品。2010年8月、愛知県で行われた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」で初めて上演された。で観て。「絶対ロボットには感心しないぞ」って思ってたんですけどね。…ロボットしか見てませんでした。

平田:あはは、ついつい見ちゃうよね。それがね、まだ分からないんですよ、自分でも。本当にすごいことなのか、目新しいから見ちゃうのか。自分でさえも分からない。

―あと青年団さん関連では、私どもが去年からやってる「MーPAD2012」30)三重県津市内の飲食店や寺院で、料理とリーディング公演を楽しむイベント。三重県文化会館と津あけぼの座の共催で昨年初開催し、好評を得た。仙台で行われている「杜の都の演劇祭」をヒントに考案された。Mie(三重県)で、Performing Arts(舞台芸術)を、Dinner(夕食)・Dining(食事)・Delicious(美味しい)と。舞台芸術と食事・飲食店などの融合を考え、頭文字を取って「M-PAD」とした。今年は11月15日(木)〜24日(土)6演目9公演・1まとめ見公演を開催予定。に今年、山内健司さんに出ていただくことになりました。「舌切り雀」31)山内健司さんは「青年団」の俳優で、同劇団のほとんどの作品に出演。海外との国際共同製作にも多数参加している。「舌切り雀」は山内さんの1人芝居として上演され、平成22年度文化庁文化交流使としてフランス・ベルギー・ルクセンブルグなどで100回以上上演された。「M-PAD2012」の演目として11月23日(金・祝)津市の老舗洋食店「中津軒」に登場。オリジナルはフランス語だが、今回は日本語版を上演する。ってどんな話ですか。

平田:そのままです。ただ「舌切り雀」をフランスの子どもたちに見せるために作ったお芝居なので、分かりやすくなってます。「銀河鉄道の夜」32)平田さんが昨年1月、フランスに滞在して制作した児童劇。もですけど。客観的になってる。要するに前提を外すから。例えば「銀河鉄道の夜」って、読んだことなくても何となく知ってたりするじゃないですか、日本の子どもたちは。向こうではそういうことがないので。だから、ある種の普遍性を獲得してると思うんです。「舌切り雀」はもうフランスで200ステージぐらいやってるんじゃないかな。

―日本だとまだそんなに。

平田:ホントに少ない。帯広と伊丹とあと東京でちょっとやってるぐらい。M-PAD2012って、いくらですか?

―3000円です。初めて三重県文化会館と津あけぼの座が共催でやった企画です。去年ホントに好評で、2週間でほとんど完売して。ご飯がつくと売れる(笑)。

平田:いや、いろいろそうなってく方がいいんです。よく「未来の劇場はどうなりますか」って聞かれるんですけど、僕はスポーツジムみたいになるのが1番いいと思ってて。スポーツジムって年間で会費払ってるから、何となくもったいないと思って週2回ぐらい行くじゃないですか。で、好きなメニューがあって2時間ガッツリやったりとか、ちょっと泳ぐだけとか。「今日はサウナ入って終わり」みたいな。そういうふうになった方がいいんだよね、劇場も。1演目ごとにお金取らない方がいいんですよ。会員制で、レストランはただとか、すごく安かったりとかサラダバーがあったりとか。で、音楽聴いたり演劇観たり、ワークショップ参加したり。ほら、スポーツジムってエクササイズの部分もあるじゃん。

―確かに。去年ぐらいからうちも、劇場の催事が増えてきて。年間いくらっていう捉え方をされた方が、劇場としては計算しやすいっていうのはあります。

平田:そうそう、それでお客さん側も、そっちの方が全体に楽しめるようになるんです。つまんないものも楽しめる。

―こういうのもあるよね、っていう。

平田:そう、余裕ができるから。1回ごとに3000円払ってつまんないとすごい頭にきちゃうんだけど、変なもんで同じだけ払ってても、年間2万円で7本とか観て、1本つまんなくても許せる。富士見33)富士見市民文化会館「キラリ☆ふじみ」のこと。2002年のオープン以来、芸術監督による創作活動や幅広い観客層に対応した舞台作品の提供、市民参加による体験型創造プログラムの実施など先駆的な事業で知られる。平田さんは初代芸術監督で、昨年からは富士見市文化芸術アドバイザー(演劇担当)を務めている。
富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ
なんかはそういうお客さんがいて、劇場歩いてたら、僕の芝居観たおじさんが「いやぁ、今日のも難しかったですねぇ。でもこないだのよりはよかったですねぇ、日本語だし」とか言って。そういう感じなんですよ。だから僕がよく言うのは、美術館に行ってね、全部の絵が気に入らないから怒るヤツなんていないでしょうと。1枚か2枚気に入った絵があれば、それで人生が豊かになる。なんで演劇だと、百発百中じゃないと怒られるんだっていう感じだよね。だから子どものうちからたくさん見せて、習慣を身に付けさせておくと「うわぁ、こんなつまんないのもあった」みたいな。「まずい、もう1杯」みたいな(笑)。それでいいと思うんですよ。

―こないだ「同じ芝居を2回観た時に、2回目は半額にできないか」って言われました。

平田:そうなんですよ。同じ演目を何度も観たり、あるいは同じ演目を別の演出で観たりとか、同じ作家の作品を何度か観たりとかっていうのも、すごく大事です。

―で、計算したら可能だって話になって。「半券があれば2回目は半額にします」と言おうかなって。

平田:いろんな時系列であったり、横の広がりであったりが必要で。劇場文化を育てるにはね。太田省吾さん34)劇作家、演出家。代表作に『小町風伝』や『水の駅』など。岸田國士戯曲賞の審査員などを務めた。2007年没。から聞いたすごいイイ話で、ポーランドのクラクフっていう古都にある国立の演劇学校は、卒業公演が毎年ハムレットなんですよ。だからその町の人は、ハムレットにだけ異常に詳しい。100年観てるからね。おじいちゃんも、お父さんも観てるわけ。毎年観てるから、ハムレットに関しては全部分かってるわけ、その町の演劇ファンは。そうすると目が肥えるから、今年のオフィーリアはどうだとか、ハムレットは良かったとか。で、その人たちがワルシャワに行って出世すると、「ほら、俺がいいって言ったオフィーリアが主役やってるぞ」みたいな。ものすごい誇りになるでしょ。いろんな演目をやってると、素人さんには「今年はよく分かりませんでしたなぁ」みたいな話になるけど、同じなら比べられるようになるわけですよ。だから集中してたくさんのものをやったりとか、同じ演目をいろんな演出でやるのを見せたりすることが、お客さんを育てるにはすごくいいんです。いろんなやり方があると思うけどね。

―最後に、今度「青年団」として三重に来るのは?

平田:2年に1回呼んでいただけるので、今、来年の演目を何にするか話し合ってて。たぶん「もう風も吹かない」っていう作品になると思うんですけど。

―楽しみにしています。ありがとうございました。

写真撮影:松原豊(office369番地)
インタビュアー:油田晃(特定非営利活動法人パフォーミングアーツネットワークみえ)
構成:脇ふみ子
収録:2012年9月15日・津あけぼの座スクエア