鳴海康平&王嘉明がSF小説の金字塔を舞台化―第七劇場 日台国際共同プロジェクト Notes Exchange vol.2「1984」

三重県文化会館プロデュースのもと、当地を拠点に活動する劇団・第七劇場が昨年から開始した日台国際共同プロジェクト。引き続き台湾のShakespeare’s Wild Sisters Groupをパートナーに、今年はSF小説「1984」を舞台化します。日本側の演出家・鳴海康平さん、台湾側の演出家・王嘉明さん、プロデューサーの新田幸生さんに話を聞きました。

――プロジェクト2年目が始動しました。昨年の手応えも踏まえ、今年の挑戦についてお聞かせください。

鳴海:昨年は俳優をひとりずつ交換して、Shakespeare’s Wild Sisters Groupと第七劇場それぞれが別の作品を上演しました。そこで今回はさらに踏み込み、ひとつの作品を日台の俳優共演、王さんと私の共同演出という形で発表します。3年にわたるプロジェクトなので、回を重ねるごとに“共同”の度合いを強めていきたいですから。日本ではめずらしい企画ですよ。創造性の交流、俳優の交流はもちろんですが、(音響・照明ほか)技術者の交流につながっている点でも価値が大きい。総合的にアップデートして2年目に取り組めています。

:日本と台湾の俳優が半々ずつ出演するので、台湾と日本で100%の力を発揮できるよう導きたいですね。まずは差し迫った今週の稽古で、彼らの持つ身体能力や言葉を探したい。

――ジョージ・オーウェルの「1984」を上演作品に選ばれた経緯は? ディストピアを描いたSF小説の金字塔ですが…。

:いくつか候補が挙がった中、ふたりのディスカッションを通じて最後に残ったのが「1984」でした。1948年、今から約70年前に書かれた作品ですが、21世紀現在の社会と似ていて、そこに面白さがあると感じました。

鳴海:トランプ大統領が就任した時、アメリカで「1984」ブームが再燃したことでも知られていますよね。原作に描かれた監視社会や人間性の喪失、敵味方とか善悪を単純に分ける二元論などは、アクチュアルな問題として映ります。台湾と日本にしたって、両国間の問題もあるし、アジアの中における様々な問題も抱えている。そんな私たちの意識も反映しやすい作品だと思ったんです。

――王さんが翻案・脚本化しますが、その際いちばん重要になる点は?

:まずテーマのひとつとして、コントロール(管理)というものを考えています。今の社会には娯楽が多いですよね? 例えばスマホやケータイ、インターネット。そして、それらを使ったSNSなどを通じて様々な情報を得られる現代では、時間や情報の意味合いが昔と違ってきています。望んでいたわけでもないのに情報をもらえる時間は、いわば“不自由”であり、コントロールされているとも言えます。そして、社会が個人に無関心になっていくという…。今回の脚本では、ビッグ・ブラザー1)原作「1984」には肖像でしか登場しない、オセアニア国の指導者。旧ソ連のスターリンがモデルと言われる。が娯楽の提供者であるという風に改作したいと考えています。

鳴海:ネットやスマホにコントロールされている感覚に加え、メディアについても考えているんですよ。メディアは信頼に足り得るのか。これもトランプ大統領就任以降のアメリカで広まったことですが、“ポスト・トゥルース”の問題ですね。いずれにせよ、私たち現代人が情報に頼り切って生きていることを、王さんが脚本化してくれるはずです。

――上演言語はどうしますか。

:原作には「ニュースピーク」という新しい言葉を使っている設定があるんですよ。簡素にできていて、人を感化しない言葉。それは顔文字やスタンプに通じる気がしています。ただ、私たちの「1984」は、ふたつの国がひとつになりたがっているという設定なんです。だから、日本と台湾双方の言語は大きな問題ですが、簡単な新しい言葉を用いてみようかなとも。母国語が混在する中で、日本語も中国語もどんどん失われていくような…。舞台では比較的簡単なセリフが多くなるかもしれません。

鳴海:日本語、中国語、英語、造語と、どこの言葉でもないセリフが出てくると思います。

――共同演出において役割分担はありますか。また、空間のイメージなど現時点での構想を教えてください。

鳴海:各シーン、ディスカッションをしながら決めていくことになると思うので、明確な分担はないかな。違う作品のカラー、違う歴史背景を持つふたりが、話し合いながら、お互いにとって新しいことになる科学反応を起こせたらいいですよね。

:舞台美術もディスカッションの上で決まっていきますが、観客のイマジネーションを重視した、シンプルな空間を考えています。それはクラウドに似たイメージ。そこに見えないキャラクター、例えばBL(ボーイズラブ)のキャラがいたりするとか…。現代社会では希薄になっている人間関係が、ネットの世界では強くなっているところがありますよね。例えばセックスも、リアルな現実世界ではしなくなっていっても、ネットの中で行われるようになるのかもしれませんよ(苦笑)。

――フライヤーのビジュアルにはどんな意図が?メインは、お婆ちゃんの顔のどアップ。頬にバーコードが刻印されていて、どこか冷たい不気味さに引きつけられます。

鳴海:作品の核にある要素“管理されていること”を考えた時、最初は若者や壮年以下の人たちを思い浮かべたんです。でも高齢化社会の日本では、お年寄りの方が管理・コントロールされているのかもしれないなと。管理・コントロールされる人というのは弱者であることが多いですけど、いまだに振り込め詐欺などの被害に遭うお年寄りが後を絶たないのは、どこかでコントロールされている表れですよね。そんなことを思い巡らした結果、私たちの地域に住むお婆ちゃんに協力していただいて、写真を撮ったんです。顔にバーコードをデザインしたのは、管理社会の象徴ですね。

――本公演に先駆けて、試演会も行われますね。

鳴海:11月19日(日)に、私たちの拠点 Théâtre de Bellevilleで試演会を行います。本公演を行う三重県文化会館小ホールとは劇場機構が違うので、作品の一部だけを先に観ていただく会ですね。

――試演会の後は、飲食付きの交流会もあって楽しみです。

新田:作り手が観客、それも地元の人と交流できるのは、とても良いことです。昨年も、そこで友だちになったりして、新しい動きが生まれましたから。

――テーブルには台湾料理が並ぶのでしょうか。

新田:昨年ご好評いただいたので、今回も台湾料理を作りますよ。僕が頑張りま~す! あと、本公演の際にも販売したお茶が前回は売り切れてしまったので、今度はもっとたくさん用意して行きますね!!

――ところで、新田さんは鳴海さんと王さんの相性をどのように見ていらっしゃいますか。

新田:僕は10年間、王さんのプロデューサーを務めてきたので、もちろん王さんの考えの方がわかります。ただ、鳴海さんの演出作を2回、3回と観るうち、ふたりは似ていると感じ始めました。それは声や音、セリフの次元という意味ではないんですけど。去年初めてコラボレーションした時は、ふたりには「相手に負けたくない」というライバル心が見えました。そのバトルがあったおかげで、今回は活発なディスカッションができている。しかも、言葉がわからなくても通じている様子があるのは不思議ですよね。そこには演出家同士の言葉があるんだと思います。そして、それぞれの世界がどこか共通しているんでしょうね。プロデューサーとして今は「ふたりは相性がいい」と自信を持って言えます。

――王さん、鳴海さんは、お互いをどう見ていますか。

鳴海:王さんの作品には、私が作らないポップさやファニーな部分があって、その鮮やかさを尊敬しています。何より柔軟なので、シチュエーションの拡大や変化のさせ方が上手い。本当、勉強になりますよ。

:僕は、鳴海さんの空間・照明・俳優などの扱い方に、文筆家のような演出を感じています。きれいでシンプルでピュア。さらにファンタジーがたまに見えてくることがあってショックを受けるんですが、それは観客にとっても衝撃が大きいはずです。俳優の表現なんかはクールで、うちの俳優たちにも覚えてほしいですよ。

――最後に、伝え逃したことがあれば、ぜひ!

鳴海:台湾のアーティスト、特に演劇に関わるアーティストに触れられる機会は、三重どころか日本全体で見ても貴重です。この機会に“アジアの作品”を観て、聴いて、体験してください。中国語の響きは音楽のように美しく、聴くだけでも素晴らしいので、ぜひ味わいに来てほしいですね。

:この共同制作のおかげで、僕自身、演出家として楽しみも想像力も増えました。今年最初の稽古で日本勢と再会した時、あちこちから「久しぶり!」という声が聞こえてきて、なんだか感動してしまって…。この企画ができて本当に良かったと思っています。

取材・文:小島祐未子